同じ日本人でも良い日本人と悪い日本人がいます。
同じ中国人でも良い中国人と悪い中国人がいます。
同じユダヤ人でも良いユダヤ人と悪いユダヤ人がいます。
同じ富豪でも良い富豪と悪い富豪がいます。
数値666も光に転じれば弥勒(みっつの6)の世を予表し、闇に転じれば獣(悪魔)の数字666となります。

同じヲタクにも良いヲタクと悪いヲタクがいます。
そして良い方向でのヲタク文化と悪い方向のヲタク文化があります。
似て非なるものの混在が私達が今存在しているこの物質界の特徴です。
日本の多くの神社の本殿には鏡が祭られています。
神の住まうところに人を映す鏡があるということは、本来人は生ける神社(そういった能力)であることを予表しているのではないかと思うのです。
神々が住まうのであればその逆もしかり。
人の心を覗こうとすれば、経由して魔から覗かれている場合もあるわけです。
ですが神社や寺のように心が掃き清められた状態であれば魔(心の間)が付け入る隙は小さくなります。
それは自分の心の中に自分を映し出すもう一人の自分をもって良心的、客観的に考え制御するといったところでしょうか。
しかし考えてみてください。
闇があるからこそ、平和や愛の本当の素晴らしさや尊さを知ることができます。
闇は私達とは違うアプローチで目標を目指そうとしてるだけなのかもしれません(それが正しいとは限りませんが)。
もしかするとあなたの背負ったカルマ(業)を打ち消しする手助けになっている場合もあるかもしれません。
闇に攻撃された結果として精神的な意味での芯の強さを手にいれているかもしれません。
(もちろん油断するとあっというまに堕ちてしまいますが、、)
では本当の悪(もしくは悪魔)って何なのでしょうか。
あるウェブサイトの言葉を借りると人の心に巣食う「無」への欲求なんだそうです。
その根源は現状への不満だといいます。
ポジティブならばそれを有のほうへ変換すべく行動します。
ネガティブならばみんななくなってしまえ、つまり破壊や混沌など無へ向かいます。
その場合は精神的な進化、進歩はなく退行です。
悪魔ってのはそういったネガティブな集合意識・クラスターと共鳴・接続した結果なのかもしれないですね。
精神的に進化、進歩するための研鑽の場として、学び訓練し経験を重ね、周りの人達と協調性とやさしさ明るさをもって連携(コミュニケーション)し、一方失敗した場合は反省したうえで軌道修正し乗り越えていく、やっぱりポジティブのほうがイイんだよ本能的に。
そうやって人生、次のステージを見てみたいものですね。
最後にヲタク文化が良い方向に働いた場合についてですが、その主要素は下品なお笑いとかでなくって萌えです。
自然に目を向けるなら子猫や子犬の愛らしさに微笑む、これも萌えです。
日本人女性や着物姿を見てkawaiiと思う人がいる、これも萌え。
中には戦艦大和や無骨なタイガーⅠ戦車にビビっと萌えを感じる(平和な時代だから言えることですが)なんて人もいたりしますけど、。
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情報過多でストレスの多い時代、良い方向の萌えってそれらを軽減させる要素があるのではないでしょうか。
良い方向の萌えを排斥したら現代の黒死病、精神を病んだ人(精神が無・闇で塗りつぶされる)が激増し麻薬や覚せい剤の万延が加速すると思います。
参考:天岩戸 Wikipedia
参考:ネバーエンディングストーリー
※この記事は私の個人的な見解、世界観です(私はいかなる宗教組織にも属していません)。今後また加筆修正する可能性が高いです。


子供のころの話ですが樹齢数百年はあろうかと思う立派にまっすぐ伸びるナラの木が等間隔に1列3本、私の実家の畑、隣家の境界線に立っていました。